250形 (8両)
 1951年〜1954年に8両が製造された。
 旧形車となる100形の車体を載せ換える形の改造車で、したがって主電動機や台車などはほぼ旧型のままである。全車が2扉ロングシート。
 100形の車体更新車は、車体形状を変えて270形へ引き続くことになる。
 1969年〜1980年にかけて廃車となっている。

第1次車
1951年
4両(250〜253)
 (↑)251/2002年5月/飾磨車庫
 1951年に2連×2編成が製造された。車体長は15m。
 252は後に貫通扉の設置工事を受け、中間車化されている。
 1両が1969年に事故廃車となり、残る3両も1973年〜1979年にかけて全車が廃車となったが、251の車体は現在も飾磨車庫に残存する。
※改番の経歴は以下の通り。
1951/10/
114→250
1973/5/1廃車
115→251
116→252
1979/3/30廃車
1000→253
1969/1/30廃車

第2次車
1952年
2両(254〜255)
 (↑)255/撮影時期不明/東二見車庫  こうさん撮影
 (↓)255/1998年頃/東二見車庫  ピカチュウ電鉄社長さん撮影
 1952年に2連×1編成が製造された。
 第1次車と同様に車体長は15mだが、側面窓の形状が異なるほか、車内外の至る所に塩化ビニルを初めて使用し、「ビニル電車」と呼ばれた。
 1973年に全車廃車となったが、255は廃車後も東二見工場の入換車として2000年10月まで残った。
※改番の経歴は以下の通り。
1952/7/
101→254
1973/5/18廃車
103→255

第3次車
1954年
2両(256〜257)
 (↑)256/2001年10月/東二見車庫  にしふたみさん撮影
 1954年に2連×1編成が製造された。
 車体は第2次車からは大きく変わり、車体長が17mになり、張上屋根構造となっている。256は1971年に貫通扉の設置工事を受け、以降編成の中間に収まっている。
 1980年に全車廃車となったが、256の車体は現在も東二見車庫に残存する。
※改番の経歴は以下の通り。
1954/9/1
107→256
1980/3/15廃車
1003→257